予約フォーム・宿泊詳細岡山県美作市の山あい、小房。古き良き日本の風景が広がる里山の小高い場所に、一軒の古民家がひっそりと佇んでいます。
初めて見たとき、柱は傾き、埃をかぶり、とても人が住める状態ではありませんでした。まるで背中の曲がった150歳のおばあちゃんのよう。JPはこの古民家を「fujiko」と名付け、自分の手だけで直すと決めました。
ジャッキで持ち上げ、チェーンブロックで傾きを引き戻し、床も壁も柱も一つずつ直していく。1年5ヶ月かけて、fujikoは背筋の伸びた凛としたべっぴんさんになりました。
やがて友人たちが泊まりに来るようになり、囲炉裏を囲んで飯を食べ、酒を飲み、サウナで笑う。「みんなと過ごすこの時間、ええなぁ。」この感じを、もっと多くの人に味わってほしい。その思いから、JP HOUSEは一棟貸しの宿になりました。
ここで過ごしてほしいのは、建物や設備そのものより、大切な人と一緒にいる時間です。





小さい頃からものづくりとスポーツが大好きだった。
14歳の時、壊れた実家のベランダを直し母親が涙をにじませ喜んだことがある。この時、「自分が作った物で誰かが喜んだ」というこのかけがえの無い体験がものづくりをする原動力として強く心に根付く。
運動神経が良かったこともあり高校はテニスでスポーツ推薦で入学。
しかし、鳴かず飛ばずの成績で強烈に挫折する。
高校卒業後、18歳で配管工として働き始める。
やがて華やかな世界への憧れが芽生える。
22歳で美容師の道へ。
30歳で独立を果たし、12年間美容室経営者としてキャリアを積む。
会社=自分と言う考えで全ての時間を仕事に注いだ。
39歳の時、両親が他界し自分の人生を考え始める。
母は癌になり、「まだやりたい事がある」と泣きながら他界し、父も母を追うように他界。母の他界から半年後「もうやる事がない」と他界した。
この時、母の言葉から「やりたい事があっても寿命が来ると出来ない」父の言葉から「やる事がないと人は終わる」ということを両親からの教えの言葉として捉えた。
このメッセージを踏まえ、個人の夢であった世界旅を決意。
会社の代表を当時の店長たちにバトンタッチし、1年2か月の世界旅をする。
帰国後、「DIYがしたい」「田舎に住みたい」という2つの理由から、DIYの専門チャンネルJP_channelを立ち上げ、youtube配信を始める。
築150年の古民家を購入しセルフリフォームにチャレンジし、その様子を配信。
自分で住む目的でリフォームを始めた古民家だが、ひと目見たいと見学のオファーが殺到する。
全てに対応する事が出来ず宿化を決意し、宿オーナーとなる。